年齢をたずねるとき、中国語には質問がひとつではなく三つあり、どれを使うかは相手しだいです。子どもには 你几岁了? と言います。几 は小さな数、ふつうは十未満を前提にしています。大人には 你多大了? 、文字どおりには「きみはどれだけ大きい?」。お年寄りには 您多大年纪了? 、さらにていねいには 您高寿? 、「あなたさまの高き長寿は?」です。ご注意ください。大人に 几岁 とたずねるのは、子ども扱いするのと同じです。顔から年齢を読みとる語(年轻、中年、老)は、すでに 見た目 のページにあります。このページは人生そのものを、妊娠から葬儀までたどります。
しかも、答えはいつも同じとはかぎりません。中国式の数え年、虚岁 は、生まれた時点で一歳と数え、そのあとは誕生日ではなく旧正月が来るたびに一歳ずつ加えます。虚「むなしい、名目だけの」+ 岁「年齢のひとつ」⟶ 書類の上の年齢。ですから、旧正月の前日に生まれた赤ちゃんは、翌日には二歳です(書類の上での話ですから、ご安心を)。満年齢、つまりわたしたちの数え方は 周岁 、「ひと巡りした年」といいます。役所は後者しか使いませんが、お年寄りの多くはいまでも自然に前者を口にします。それが今どのくらいの割合なのかは、わたしにはわかりません。迷ったら、どちらなのかたずねてください。
誕生には誕生の儀礼があります。若い母親は「ひと月をすごす」、坐月子 、文字どおりには「ひと月座っている」です。家で三十日間休み、寒さやすきま風を避け、温かいスープを飲み、そして(おばあさんたちに言わせれば)髪も洗いません。こうした言いつけの一部には、今日では医師から疑問の声が出ています。それでも習慣は根強く、大都市にはいまや専門の施設、月子中心 まであります。赤ちゃんのほうは 满月 、「満ちたひと月」⟶ 生後ひと月を迎えたことを祝います。一歳になると 抓周 です。抓「つかむ」+ 周「一年のひと巡り」。子どもの前に筆、本、お金、電卓などを並べ、最初につかんだものがその子の将来を告げるというものです(日本の「選び取り」に似ています)。古い儀礼で、红楼梦 では、幼い 贾宝玉 がおしろいとかんざしをつかみ、父親をひどく怒らせます。
中国の子ども時代は、長いあいだ、きょうだいのいない子のものでした。1980年から2015年まで、一人っ子政策は 独生子女 の世代を生み、新聞には「小さな皇帝たち」、小皇帝 が登場しました。両親と四人の祖父母にかわいがられる子どもたちです。同じ中国のもうひとつの顔が 留守儿童 、文字どおりには「残って家を守る子どもたち」です。親は都会で、しばしば何百キロも離れたところで働き、村で子どもを育てるのは祖父母です。
大人の年代については、中国語は孔子に由来する文人風の語彙を残しています。『論語』(第2篇、第4章)で、孔子は自分の生涯をこうまとめます。三十而立,四十而不惑,五十而知天命… ここから、而立之年 「自分の足で立つ年」⟶ 三十歳、不惑之年 「迷いのない年」⟶ 四十歳という言い方が生まれました。注意してほしいのは、孔子の論語:第2章 のページに載せた古典的な訳が、この一節を道徳的に読んでいることです(三十歳で「わたしは徳の道をしっかりとした足どりで歩んでいた」)。一方、現代の中国語はこれを具体的な意味にとりました。三十歳までに家庭を持ち、社会での居場所を見つけていなければならない、成家立业 というわけです。ほかの年代は別のところから来ています。花甲 、六十歳は干支の六十年周期を指します。六十年たつと、最初の組み合わせ 甲子 にもどるのです(花 は二つの記号の列が入りまじることから来ているらしいのですが、説明はまちまちです)。古稀 、七十歳は 杜甫 の詩句から来ています。人生七十古来稀 「七十まで生きる者は昔からまれである」。
残るは死ですが、これを直接口にすることはあまりありません。死 はむき出しすぎるので、去世 「この世を去る」や、走了 「行ってしまった」のほうが好まれます。日本語で「逝った」と言うのと同じです。(数字の4、四 が嫌われるのも、日本と同じく、そのためです。死 とほとんど同じ音に聞こえるのです。)葬儀は「白い行事」、白事 と呼ばれます。白が喪の色だからで、結婚式のほうは「赤い行事」です。ですから、白い包装紙には気をつけてください。そして死者のために紙のお金、纸钱 を燃やし、あの世で何ひとつ不自由しないようにします。
ふだんの生活では、老 はかならずしも年齢の話ではありません。老师 (教師)の 老 は敬意のしるし、老外 (外国人)の 老 は親しみのしるしで、ネズミ、老鼠 にいたっては少しも年寄りではありません。同じように、男性への敬称 先生 は、文字どおりには「先に生まれた」⟶ 年長者、そして師です。敬意は年齢とともにあるのです。
ページのどの漢字をクリックしても、筆順が一画ずつ表示され、矢印が運筆の向きを示します。
使い方:どの語にもレベルがついています。① は基本、② はよく使うもの、③ は細かいもの。まず ① から始めてください。それだけでも、年齢をたずねたり、人生の大きな節目について話したりできます。▶ のボタンで発音が聞け、漢字をクリックすると筆順が開きます。
年齢と世代
年齢
年齢(人の)
歳(年齢を言うとき)
いくつ?(子どもに)
何歳?(大人に)
誕生日
人生、一生の歩み
おいくつですか(お年寄りに)
一生
目上の人たち(上の世代)
目下の人たち(下の世代)
数え年(生まれた時点で一歳)
満年齢
自分の干支の年(十二年ごと)
世代間のずれ、ジェネレーションギャップ
妊娠と出産
妊娠する
子どもを産む、出産する
生まれる
赤ちゃん
乳児
妊婦
出産予定日
双子
産休、出産休暇
授乳する(母乳またはミルク)
紙おむつ
生後ひと月(とそのお祝い)
自然分娩
帝王切開
産後ひと月の養生
一歳の選び取り(子どもが物を選ぶ儀式)
一人っ子
子ども時代
子ども
小さな子
子どもたち(親しみをこめて)
男の子
女の子
小さいころ
大きくなる
幼稚園
言うことをよく聞く、素直な
児童(一般的な語)
子ども時代
おりこうな、いい子の
いたずらな、やんちゃな
年のわりに聞き分けがよい
歩くことを覚える
乳歯が生えかわる
乳離れする
甘える、だだをこねる
村に残された子どもたち(親は都会へ出稼ぎ)
「小さな皇帝」(甘やかされた一人っ子)
思春期と青春
若者
十代の若者たち
若い男性
若い女性、娘さん
少年(十代の)
青年(若い大人)
青春
思春期
成長する、大人になっていく
にきび
反抗期
早すぎる恋(十代の恋愛)
声変わり
成人の儀式
大人の年代
おとな(子どもから見て)
結婚する
成年に達する
成人
成熟した、大人びた
所帯を持つ
仕事、ライフワーク
家族を養う
中年の危機
人生の半ばにさしかかる
親と子の両方を養う立場にある
老い、死、葬儀
お年寄り
高齢者
おじいさん(子どもが言う)
おばあさん(子どもが言う)
定年退職する
亡くなる
死ぬ
年をとった
年金
老人ホーム
親孝行な
老眼
長寿;長生きする
葬儀
墓地
墓参りをする(先祖の墓を掃除する)
広場ダンス(公共の広場で踊る集団ダンス)
耳が遠い
杖
人口の高齢化
お年寄りの誕生日を祝う
遺言
火葬
骨壺
死者に供える紙のお金(燃やして送る)
葬式(「白い行事」)
成語とことわざに見る年齢
三十歳(身を立てる年)
四十歳(迷いのない年)
六十歳、還暦(干支がひと巡り)
七十歳(「昔からまれ」な年)
高齢(八十歳以上)
少女の花の盛り
生まれ、老い、病み、死ぬこと
一生勉強(六十の手習い)
所帯を持ち、身を立てる
若返る
幼なじみ(男の子と女の子)
百歳まで生きる(長寿の願い)
日常のことばに見る年齢
先生、教師(老:敬意のしるし)
社長、店主
外国人(くだけた言い方)
ネズミ(老:年齢とは無関係)
故郷、ふるさと
男性の敬称、〜さん(「先に生まれた」)
商売、ビジネス
(パソコンが)フリーズする
おかしくて死にそう
正直な、まっすぐな
例文
今年いくつになったの? 六歳だよ。
何歳になったの? 二十五歳です。
姉が妊娠していて、来年の三月に出産予定です。
わたしは1998年生まれです。
小さいころ、祖父母といっしょにいるのが大好きでした。
子どもが大きくなって、だんだん聞き分けがよくなってきました。
父は来年、定年退職します。
彼のおじいさんは去年亡くなりました。
おばあさん、おいくつですか。今年で八十になります。
わたしたちは同い年で、二人とも辰年生まれです。
出産予定日は来月で、彼女はもう産休に入っています。
彼女は双子を産み、母子ともに元気です。
赤ちゃんの生後ひと月のお祝いに、家族は親戚や友人をおおぜい招きました。
この子はとても聞き分けがよく、お母さんに心配をかけたことがありません。
思春期の子どもは、親と話したがらないことがよくあります。
彼女はとても親孝行で、毎週末、老人ホームにいるおばあさんに会いに行きます。
夜になると、たくさんのお年寄りが広場でいっしょに踊ります。
清明節には、多くの中国人がふるさとに帰って墓参りをします。
中国人は年齢を数えるとき、数え年を使うこともあれば、満年齢を使うこともあります。
今年はわたしの干支の年なので、母が赤い靴下を買ってくれました。
選び取りの儀式で、赤ちゃんはいきなり筆をつかみました。
わたしは十五歳で学問に志し、三十歳で自立し、四十歳で迷わなくなった。
年老いた親と育ちざかりの子どもを抱え、中年の人々の負担は重い。
若いうちに努力しなければ、年をとってからむなしく嘆くことになる。
彼は遺言で、火葬のあと遺骨をふるさとに持ち帰ってほしいと書き残しました。


