農民は 农民 、農村は 农村 、農業は 农业 といいます。すべては 农 から始まります。いっぽう田畑は 田 で、この字に説明はいりません。あぜで区切った一枚の土地です。この字は 男 、つまり男にも入っています。力 力 が田 田 の下にある形です。また 苗 、苗にも入っていて、こちらは田の上に草が生えています(三つとも日本語と同じ字です)。木と花 のページは畑のふちで止まりました。このページは、その中へ入っていきます。
日本語も中国語と同じように、稲、米、ご飯を言い分けます。植物としての稲は 水稻 または 稻子 で、田んぼ、稻田 に育ちます。もみ殻を取った粒、つまり米は 米 。炊けば 饭 、ご飯です(ご飯からデザートまで を参照)。中国人がこの三つを取り違えることはなく、「稲を植える」を 米 で言えば笑われます。日本語で「ご飯を植える」と言うようなものです。麦も同じで、畑にあるうちは 小麦 、粉にひけば 面 です。
麦と稲の境目は秦嶺山脈と淮河を結ぶ線で、暖房の境界線と同じです(天気 を参照)。北は小麦、粟、トウモロコシ、南は稲です(例文3)。「五穀」、五谷 は、北方だけが数に入っていた時代の言葉です。何を数えるかは文献によって違い(稲が入ったり入らなかったり、麻も同様です)、私にはどれが正しいとも言い切れません。いまでは単に穀物全般を指し、日本語の「五穀豊穣」にあたる 五谷丰登 のように使います。
种 には注意してください。読みが二つあります。第三声の は種、そして種類で、这种蘑菇 は「この種のきのこ」です(例文4)。第四声の は植えることで、种地 、种田 、种植 となります。面積は 亩 で数えます。一ムーは十五分の一ヘクタール、およそ667平方メートルです。そこから 一亩三分地 、「一ムー三分の土地」という言い方が生まれ、だれもが自分の思いどおりにしたい小さな縄張りを指します。皇帝が年に一度、北京でみずから耕した畑の広さだった、といわれています。
中国の小学生はみな、唐の詩人 李绅 李紳が農民の苦労を詠んだ二首の絶句を暗唱します(例文21と22)。二首目は 粒粒皆辛苦、「一粒一粒がみな苦労」で終わり、子どもに茶碗のご飯を残さず食べさせるときに引かれるのがこの句です(日本語の「粒々辛苦」のもとでもあります)。この仕事は七文字で言い尽くされます。面朝黄土背朝天、顔は黄色い土に、背は天に向けて。その姿勢を捨てて都会へ出た人も大勢います(例文13)。
稲の話になると必ず出てくる名前があります。袁隆平 (1930-2021)、1970年代にハイブリッド米、杂交水稻 を開発した農学者です(例文19)。亡くなったときには、何千人もの人が長沙に花を手向けに来ました。農学者にしては意外に思えるかもしれません。しかし、彼の世代の人びとは飢えを知っています。民以食为天、「民は食をもって天となす」は、ただの決まり文句ではないのです。
文人のほうは、畑を耕しませんでした。弟子の樊遅に農業を教えてほしいと頼まれた孔子は、年老いた農夫のほうが適任だと答えます。吾不如老农 です(例文25、孔子の論語 第13章 を参照)。そして弟子が出ていくと、小人だと言い捨てます。これに対して 陶渊明 陶淵明は、官職を辞めたあと、実際にやってみました。結果は飾らずに書いています。豆はまばらで、草はたいへんよく育っている、と(例文23)。
では薬の話に移りましょう。薬を表す 药 は草かんむりの字です。薬とは、まず草なのです。そして農民の守り神は、薬屋の守り神でもあります。神农 、神農は、人びとに農耕を教え、それから草を一つずつなめて効き目を確かめたといいます(例文24)。一日に七十の毒です。どうやって持ちこたえたのか、伝説は語りません。ずっと後の明代、李时珍 、李時珍は二十七年をかけて 本草纲目 、『本草綱目』を著し、およそ千九百種の薬物を記しました(例文20)。本草 は文字どおりには「草をもととする」で、薬物学の古い呼び名です。中国医学のほかの語彙は 治療を受ける のページにあります。
食べ物と薬の境目ははっきりしません。中国人自身がそう言っています。药食同源 、日本でいう「医食同源」です。クコの実は魔法瓶の湯に浸し(例文10)、干したミカンの皮、陈皮 はスープの香りづけになり、ヨモギ、艾草 は旧暦五月に戸口に吊るします(例文14)。名前には見立てが多くあります。スイカズラ、金银花 は「金と銀の花」。白く咲いて、やがて黄色くなるからです。トウキ(当帰)、当归 は「帰るべし」と読めます(説はいくつもあって、どれが正しいのか私は知りません)。高麗人参、人参 は、人の形をした根です(日本語の「にんじん」ではありません)。ここで 参 は と読み、 と読む 参加 のときとは違うことに注意してください。
きのこには三つの語があります。かさのあるものは 菇 、木に薄くひらひらと生えるものは「耳」の 耳 (银耳 は「銀の耳」、白きくらげです)、そして 菌 は学術的な言い方ですが、雲南の人は野生のきのこをすべてこう呼びます。毎年夏になると、雲南では 野生菌 の季節が市場と病院をいっぱいにします(例文12)。いちばん奇妙なのは 冬虫夏草 、「冬は虫、夏は草」です。チベット高原のきのこで、イモムシに生えてそれをミイラにしてしまいます。金より高く売れた年もありました。灵芝 、霊芝のほうは、絵や彫刻に出てくる不老長寿のきのこです。いまではカプセルで売っています。
土と薬は、ふだんの言葉にも入り込んでいます。田舎くさいものは 土气 、ダサい。けれども、飾らずに話す指導者は 接地气 、「大地の気に触れている」と言われます。月末には「土を食べる」、吃土 。株式市場では、個人投資家は刈られてはまた生えるニラで、割韭菜 といいます。おかしなことを言い出す人は「薬を飲み間違えた」、吃错药 。そして手遅れになったとき、人は 后悔药 、後悔に効く薬はないのだと言い聞かせます。どの薬局にも売っていません。
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使い方:どの語にもレベルがついています。① は基本、② はよく使うもの、③ は細かいもの。まず ① から始めてください。それだけでも、田舎の話をしたり、畑に育つものの名を言ったり、生薬になる植物をいくつか見分けたりするには足ります。▶ のボタンで発音が聞け、漢字をクリックすると筆順が開きます。
きのこ
きのこを採る
毒がある、有毒の
摘む、採る
毒;毒性の
毒きのこ
野生のきのこ
エノキタケ(「金の針のきのこ」)
白きくらげ(「銀の耳」)
霊芝(マンネンタケ)
中毒する、あたる
トリュフ
マツタケ
ヤマブシタケ(「猿の頭のきのこ」)
きのこ類、菌類
冬虫夏草(「冬は虫、夏は草」)
薬草
ハッカ、ミント
山菜、食べられる野草(日本語の「野菜」ではない)
薬草
中国の薬草、生薬
薬材(薬の原料)
カンゾウ(甘草)
ヨモギ
アロエ
スイカズラ(「金と銀の花」)
ハスの実
薬草を採る
天日で干す
トウキ(当帰)
陳皮(干したミカンの皮)
板藍根(ホソバタイセイの根)
サフラン
民間療法の処方
オウギ(黄耆)
田七人参(三七)
羅漢果
滋養をつける
「熱を冷ます」、清熱
薬と食べ物は源が同じ(医食同源)
李時珍
神農(農耕と医薬の神)
田畑と作物
田、畑(区画)
野菜畑
農場
稲(植物、水稲)
田んぼ、稲田
麦畑
農地
作物(畑に育っているもの)
大豆
麦(粒、植物)
田畑(土地)
稲(田に生えているもの)
棚田、段々畑
ビニールハウス
耕地;耕す
サトウキビ
アブラナ
土壌
肥沃な
水田
農作物
ムー(667平方メートル)
麦の穂
農作業
畑を耕す、作物を作る
働く(体を使って)
栽培する、植える
豊作
トラクター
害虫
かかし
田畑を作る、農業をする
取り入れる(収穫を)
刈り入れる
作柄、収穫高
秋の収穫
農作業
畑に出る
くわ
化学肥料
稲わら
田植えをする
鎌
収量
灌漑する
春の田起こし
すき;すきで耕す
農具
農繁期
ハイブリッド米
穀物倉
農村と農民
農民
農業
田舎、村
農村の人、田舎の人
農家
農家民宿(農村で食事や宿泊を楽しむ施設)
年老いた農夫
農夫(古い言い方)
袁隆平
「三農」(農業、農村、農民の問題)
成語のなかの田畑と薬
五穀が豊かに実る(五穀豊穣)
春に種をまき、秋に取り入れる
切り株を見張って兎を待つ(株を守る)
働かずに得る
万能薬、妙薬
煎じ汁を替えても薬は替えない(看板の掛け替え)
一粒も取れない
丁寧に耕し、細やかに育てる
青が黄に続かない:端境期
天に頼って飯を食う:天気まかせ
よろいを脱いで田に帰る
自分の小さな畑:自分の縄張り
顔は黄土に、背は天に向ける
神農、百草をなめる
ふだんの言葉のなかの田畑と薬
田舎くさい、ダサい
育てる、養成する
耕して草を取る:こつこつ努力する
栽培する;(人を)育てる
「大地の気に触れる」:庶民の感覚に近い
「土を食べる」:金欠である(ネット俗語)
「ニラを刈る」:個人投資家からむしり取る(ネット俗語)
後悔に効く薬
薬を飲み間違えた:どうかしている
きのこ雲
陸上競技
例文
祖父は農民だ。
田舎の空気は都会よりいい。
北方の人は小麦を作り、南方の人は稲を作る。
このきのこは毒がある。食べてはいけない!
おばあちゃんは野菜畑にトウモロコシをたくさん植えた。
高麗人参はとても有名な中国の生薬だ。
秋になり、農民はみな畑で働いている。
今年は作物の育ちがとてもいい。
今年は風も雨もほどよく、また豊作の年になった。
母は毎日、クコの実を浸したお湯を飲んでいる。
いまは刈り入れもすべて機械で、鎌は使わなくなった。
雲南の野生きのこはとてもおいしいが、毎年中毒する人が出る。
多くの若者が農村を離れ、都会へ働きに出る。
端午節には、戸口にヨモギを吊るす。
この薬材は、まず天日で干してからでないと使えない。
山の棚田は、一段一段の階段のようだ。
父は子どものころ、毎日学校が終わると畑に出て働かなければならなかった。
この薬はとても苦いけれど、良薬は口に苦しというから、やはり飲みなさい。
袁隆平は「ハイブリッド米の父」と呼ばれている。
李時珍は二十七年かけて『本草綱目』を書き上げた。
春に一粒の粟をまけば、秋には万の実を収める。
だれが知ろう、皿の上の飯は、一粒一粒がみな苦労だと。
南山のふもとに豆を植えたが、草は茂り、豆の苗はまばらだ。
神農は百草をなめ、一日に七十の毒にあたった。
樊遅が農業を教えてほしいと願った。先生は言った。「私は年老いた農夫に及ばない。」


